記事№2 カローラ

日本を代表する大衆車、トヨタのカローラ

長くから多くの日本人、そして世界中の人に親しまれている大衆車の一台といえば、トヨタのカローラでしょう。デビュー当時から最新技術を取り込みながらも、誰もが乗れる車として日本で、そして世界で普及しています。

そこで今回は、カローラの歴史に迫り、どのように大衆車として愛されるようになったのかを、まとめてみました。

歴史に残る名車、カローラの誕生

1966年に「プラス100CCの余裕という」キャッチコピーのもと、カローラはこの世に送り出されました。キャッチコピーの由来を少しお話ししましょう。

当時カローラは1,000CCの排気量での開発を進めていましたが、ライバルの日産サニーも同じ排気量で発売しようとしているという情報をつかみ、そのサニーよりも100CC排気量を大きくし、それを売りにしようと考え、パワーに余裕が生まれるという意味で、このキャッチコピーが誕生しました。

その結果、ライバル車のサニーに比べ値段は多少高かったものの、装備と価格とのバランスを考えると、割安感があるということから、多くの人気を集めました。こうして、カローラが大衆車としてみんなに親しまれる第一歩が始まったのです。

その後1970年の2代目が、大衆車として初めて5速ミッションを搭載し、さらなる走りへの安定性や快適性を求め、世界への輸出も開始しました。

大衆車と呼ばれるための努力

1973年にオイルショックが起こり、世界経済が混乱したり、排ガス規制が導入されるなど、技術面で大きな進歩が求められた時代にも、3代目カローラはしっかりとニーズに答え、海外への輸出も本格化させ、1974年に乗用車車名別生産台数で初の世界一位に輝くという実績を残したのです。

カローラの大衆車への道はそこで終わりませんでした。時代の流れに合わせ、車のデザインを変更したり、幅広い年齢層からの支持を得るためにどうすれば良いのか工夫を重ねました。駆動形式をFFとFRから選択できるようにしたり、装備の豪華なモデルを投入するなど、大衆車として親しまれるように努力をやめることはありませんでした。

その結果、1990年には年間販売新車台数30万8千台を記録し、その記録は2010年まで破られることはありませんでした。そして2012年に11代目の発表と同時に、ハイブリッド車も新たに追加することにより、環境へ配慮した大衆車を打ち出したのです。

このようにカローラは日本だけでなく、世界中の多くの人から親しまれている大衆車となったのです。大衆車と聞くと、みんなが乗っていてどこででも見かけるという悪い印象を持つかもしれません。

しかし逆に考えると、なぜそんなに多くの人がカローラを購入するのでしょうか。それはカローラが多くの方から親しまれる良い車、完成度の高い車だからです。みんなのニーズを満たしていないと車は売れません。大衆車というイメージが定着しません。それをやってのけたカローラはまさに歴史に残る名車といえるでしょう。