記事№3 ランエボ

走るために生まれたスポーツカーの歴史

「ランエボ」の愛称で親しまれてきた三菱のランサーエボリューションというスポーツカーをご存知でしょうか。

WRC(世界ラリー選手権)に参戦し、モータースポーツ界で戦うために生まれたともいえるこの車には、どんな歴史があるのでしょうか。そこで今回は、ランエボの歴史を探ってみました。

戦闘力を追及し続けるランエボ

初代ランエボが登場したのは1992年です。当初2,500台の限定販売の予定でしたが、わずか3日で完売し、追加生産されるなど、当時の車社会に大きな衝撃を与えました。

そのきっかけとなったのが、当時大衆車として世間に広まっていた、トヨタのカローラとボディサイズがほぼ同じだったのにもかかわらず、250PSというカローラの2.5倍近い強大なパワーを発生させるエンジンと、軽量化されたボディで、戦闘力を求めた車として販売されていたことです。

一方で、コーナーが曲がれない(オーバーステア)という不評が多く、多くの改善が求められました。その状況を考慮し、エンジンの性能や空力性能の向上などに力を入れたエボⅢを1995年に発表しました。エボⅢはインパクトのある外観と高性能システムを搭載していたため、その人気は現在も衰えていません。

1996年にエボⅣを発売し、第二世代と呼ばれる世代を築きます。第一世代での弱点だった、コーナーが曲がりにくいことを改善するために、AYCというシステムを開発し、ハンドリング性能を大幅に向上させました。これは、曲がりたい方向の外側の外輪を増速させることにより、オーバーステアを解消するシステムです。

この技術のおかげで、コーナーリングマシンという名称を手に入れるとともに、エンジン性能を280PSまで向上させ、さらなる戦闘力も手に入れたのです。そして1998年に3ナンバーサイズへボディを大きくし、タイヤサイズも16インチから17インチへ、ブレーキもイタリアの名門ブレンボ製を搭載するなど、大幅に変化を加えました。その結果、モータースポーツでも更なる好成績を残し、その名を世界に広めていったのです。

2001年には第三世代と呼ばれるランエボⅦを発売し、前後の駆動制限をコントロールするACD、2003年のエボⅧでは、エボⅣから採用されたAYCをさらに進化させ、左右輪間のトルク移動量の増大を図ったスーパーAYCや5速MTを6速MTに変更するなど、さらなる改良を加えて戦闘力を向上させていきました。

ランエボが残した財産

第4世代となるランエボⅩが発売された2007年から8年後の2015年、走るために生まれたランエボは、ニーズの多様化により、需要が見込めないと判断し、その生産に幕を閉じることになりました。

これまで培ってきた技術をもとに、さらなる戦闘力を求めていたオーナーたちには衝撃的なニュースでした。しかし、ランエボで培った多くの技術は既存の三菱車に反映されており、大きな財産を残してくれました。

これからもランエボで培った技術をさらに向上させ、伝説の戦闘力を持ったランエボの名前やその精神態度を後世にまで引き継がれることを願っています。